良心のある仕事を。

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       外国の仏のお客さま。一生懸命どうしたいのかを伝えてくれています。

 

 

 

 

 

年の暮れを前に。

今年一年、小さな店ながらも、そして私もお店に行く頻度が少ないながらも夫婦で接客し、ほっぺたがおちそうな笑顔で自転車を引き取りに来られる新オーナー様の笑顔を幾度かみることができ本当にうれしく思います。 

 

自転車ブームが去り、「自転車が欲しいんですけど〜」というお客様のπが数字として明確に減ってきたのが見えた今年。

 

”売るだけの店はかなり厳しくなってきている”と、広告業界、メーカー等の担当の方から直接耳にすることもあり、その現状を受け止めることにもなった一年でした。

 

今年、転勤という理由でなく買ったショップさんから修理を断られたり、車でいう車検のようなオーバーホールというメンテナンスを頼んだが3ヶ月待ちといわれ困っているといったお客様からの修理を承ったことも何度かありました。

 

さらにお知り合いの先輩オーナー様が拠点を移したことで、メンテナンスのお客様を受け継ぐということもありました。

 

といった感じで終わった一年。

 

うちの店の今後の経営を!と意識しなくても、現状がそれを伝えてくれることもある。

 

基本的なこと過ぎるのかもしれませんが、お客様という人(心)と、どう関わるかということかということにポイントがあるように思えました。

 

華はありませんが、いわゆるモノを大切にするーひとつの(良心)さえ失わなければ、ブームといわれるような何の努力もしなくてもお金が入ってくるということは無くてもお客様が来なくなるということはちょっと考えにくい気がするのです。。

 

裸の話でお恥ずかしいですが、うちの店は今年一年の売り上げは昨年とトントンだったのですがお客様の客数は昨年より減りました。しかし売り上げが変わらないということは指標のひとつにしかなりませんが、客単価が上がっているともとれます。

 

うちは修理が全売り上げの6割なので、それだけ修理のニーズがあるというシンプルな理由ですし、うちの夫がママチャリではなくスポーツ自転車の修理にある程度精通しているという強みがあってのことですが。

 

私の価値観にすぎませんが、私は自分自身が適当にあつかわれるのは嫌です。ものも同様安売りで購入しすぐ捨てるというとっかえひっかえサイクルの中で扱われる自分にはなりたくありません。

 

これはモノ、生きモノ一緒で、 自転車というモノも同様です。

 

お客様が持ち込む自転車が何十年もの、それを調べもせぜ古いからどうにもならないーとか、どうにもらなない的な言葉をいうのはひどいなと思ってしまうのです。

 

と、何度もいいますがこれは私の価値観なのですがねw

でも、こういうこという人は滅多斬りしたくなりますwww
(私の本性の漢の武将のおじさんがそうさせます)

 

よって私も夫も、服も鍋なども修理をしてくれるメーカーのモノを購入することがかなり多く、(自転車の衣料メーカー(最高峰の方ですが)も、メンテナンスをしてくれるのでオススメしたくなるというのがひとつの理由です)ここに良心があるかはわかりませんが地球にゴミを増やしたくないということは理由にあがるかもしれません。

 

このなんでもかんでも売り倒し投げ飛ばしとっかえひっかえ産業の究極にアマゾンの社長の究極なやり方があるのかもしれません。倉庫管理もコンピューター、買い取った新聞社もコンピューターに一部記事を書かせているそうです。人間はいらんってことでしょう。

 

 

 日々、私たち人間が小さなことから大きなこと(戦争)まで一人一人がなんらかの失敗したとしても、創造主は神なのですべてゆるしてくれるでしょう。でも失敗の代償は大きく選んだ責任をとるのだということだけは人として意識したいことであると思います。

 

 

人から頂いたもの、人から造られたもの

料理も修理もマッサージも看護行為も医療行為も

全部人の気持ちがこもるものです。

 

 

人間のこころを大切に。