読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

結局人生とは

f:id:sattva:20161128151058j:plain

 (悩みましたが。感謝という意味でセールすることに。今年も一年ありがとうです。)

 

 

 

 

 

 

 

 

年末も近づき..

やることはいっぱいあるんだけれど

そしてせっかくの2日休みで

いろいろやるぞ〜〜〜!!って思ってたりするするんだけど

 

 

 

腰がいたい...( ̄▽ ̄)

 

 

 

やだねー、もう。。

年をとると次の生活パターンに肉体がささっと動けないという-----

-----これこそが加齢なんだなって実感orz

 

 

 

体は正直で

”今やすもーよー”、、とかちゃんと言ってくれてます。

そういう声が聞けるオトナにならないとね。

 

 

 

昨日の相方の看護婦さんとのお話なんですが

長年生きてるといろんな意味で「責任」ってものが

体に心についてくるようになるワケで

 

 

自分が働く意味も、若いころは

その仕事のプロになる〜〜!とか、旅行のために〜!^^とか

って言ってられたんだろうけれど、

40も過ぎてみてください、

旦那さんの会社がつぶれちゃったから私が働かないととか

旦那さんが病気で働けないから私が働かないととか

シクグルマザーだから私が働かないととか

家族のことがあるからいつかはやめんといかんとか

 

 

もう、、重いっす。。

そしてみんな.......そう変わらん笑

 

 

自分の体に巻きついてる鎖の重さ

簡単にねー、ぶちギルワケにいかないってこともわかってくる。

 

 

これが年齢の経過でしょうね。

 

 

そんな鎖の中にはほんとに誰にも話せない、分かち合えない、

ってことからストレスになってしまってることがある。

でもこのストレスに移行してしまうと

人は病の元を作ったりしますから、なんとかストレスの種のうちに

どっかへポイしていきましょー。

最近私が突然流れ着いて発見できたゴミ箱への持って生き方!↓ 

 

way.hatenadiary.jp

 

 

でその看護婦さんともいろいろ話してたんだけど

こないだうちの婦長さんとも話していたことだけど

 

way.hatenadiary.jp

 


やっぱりね、これは投げ捨てないことが大事なのかもしれんです。

 

 

人というのはすべて自己の成長のために生きるものなのかなーと

その看護婦さんも抱える問題(であろう課題)と生きて行くうちに思ったそうです。

私もめっちゃ同感です。 

 

 

鎖を切ることは簡単なんです。

でもそれが成長のための課題であったなら

 

 

その課題もその当人が問題なんじゃないってことに気がつくんです。

ー私がそれにどうかかわろうとするかー

それがね、大事なんじゃないかって気づく。

 

 


自分を不幸にするその出来事が問題じゃないのです

その問題の相手(子供、親、姑、夫)というのは

ただの「問題の内容」に過ぎません。ので

解けない数学の問題に当たってるようなもの。

 

 

長い人生かけて解いていく笑

 

 

まあ悟りに向かうのと同じようなものじゃないでしょうか??
(悟りをしらないのにw)

 

 

結局人生とはすべて自らの成長っつう。。

 

 

そうそう簡単に解決できないのが課題でしょうから

時々息を抜いて

ぼちぼちいきゃあいいんじゃないでしょうか〜 ε-(´∀`)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広告を非表示にする