お店をつづける意味

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今日は朝からお店の掃除をしたあと

ひとりでドライブに行ってきました。 

 

朝日が眩しくて

若干シミを気にしながらのドライブ?

 

実はあまりまだ触れることができないのだけど

父の死後、まだ時々どわっと泣けてきたりです。

看護婦だったんだから意外といけるものだと思っていましたが

やっぱり親って違いますね。 

 

うちの父はガンで亡くなったものの

正直かなり悲壮な死ではなく

東京の下町育ちの末っ子らしい

子供っぽい死でした(笑) 

 

しかし、自分にとって

「おとうさん」と呼べる人がもういないという事実はやはり寂しく、

また父はこの闘病においては全面的に私を頼っていたこともあったので

今年になってからの濃厚な日々とのギャップで

今は父の面影も声も思い出せない始末です。  

 

..といった感じで

どうみてもまだ精神的に落ち着いていないけど

我慢すると心がすっきりできず

前にも進めないので

泣きたい時はブレーキをかけないでいることだけ心がけています。

 

父の死によって

痛感したことがひとつあり

それは以前のブログにも書いたように

自らの心を大切にしようということでした。 

 

私にとって

これはタブーだと思ってきたことでした。 

なぜかというと、

過去の失敗がいっぱいあったことからの罪悪感でだったのですが

でも、自分を殺すことで

人にも優しくなれないことがよくわかって

気持ちを大切にしようと思ったわけですm(_ _)m 

 

からの〜?
による?
ドライブでした?? 
 

先日酒井雄哉さんの動画を

自分でももう一度観て

心に残った言葉がありました。

 

”自分はここで命がなくなっても、

土手に放り投げてもらってでもして

滅びた肉体を

雑草でも木でもに少しでも還元できたら” 


”自分はバカな人間だから

立派な説法もできないし、だからせめて

祈るに祈り倒して

日本中の人が平和でいられるように

そして琵琶湖の水がきれいになって

それを飲む人が健やかでいられるように

祈り倒したい”

 

運転中、ボーっとそういう言葉に

自分を重ねてみたりしました。 

 

大人気ない態度ばかりとって拗ねていた自分が恥ずかしいのですが 

 

私も人の平和の中の一つの砂になりたいと思うのです。 

 

心を大切にするとは

そういった自分の土台となるものを守ることだと思っています。 

自分なりに一生懸命やるだけですが?

 

 

御坊さんとはまったく違う自分ですが
私は高い自転車はわかりませんが

お店を存続するにあたり2つの良いことがあるとわかっています。 

 

それは

夫が社会との中で役割を見出せること

そして

地域の人が助かること

 

 

今回いろいろを差し置いて

自分の気持ちを優先したドライブによって

それを大切に守りたいと思えました。 

 

まだまだ不安定な心ですが

多分まちがってないことで

そこに向かって足を進めようと思っています✊?

 

 

生きるということは素敵ですね!

 

 

 

 

 

 

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