時代は確実に流れてるのでー

 

 

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 #sevencycle #chrisking #simworks

 

 

昨日は店に同業のカリスマオーナーが来て

旦那に葉っぱをかけていってくれたようで。

 

今の世の中、自分を指摘してくれたりする人ってなかなかいないですからね、夫は徳をもらってるなとしみじみ思ったわけです。

 

結構生きてると、なにがしかを目にして”終わったな”って思うことが誰でもあるものです。。。昨日うちの職場では女が終わるのはいつかっていう題目で熱いバトルがなされていました笑

 

 

さて自転車業界。

すべてが波にのってないわけでなく、お客さんをどんどん増やして活気がある店もあるけれど、ちょっと前までブームだったものがすでにすごい勢いで廃れていこうとしているのは確かです。

 

ブームというのは泡となり忘れ去られる性。それが分かっていれば大丈夫ですけどね。自覚って大切です。

 

 

さてさて仕事仕事ーーー。

 

 

 

youtu.be

 

 

 

 

 

 

今日のキラキラ。

 

 

同じ東山エリアにある東山動物園。

www.higashiyama.city.nagoya.jp

 

昨年の暮れから飛来してきた渡り鳥による鳥インフルエンザにより、園内の鳥類も感染し現在はずっと消毒活動がなされています。

 

調査の結果、絶滅危惧種などもインフルエンザにかかってしまっていたようです。

 

そして本日、今月13日から営業することがニュースでなされていたのですが、会見では何羽かの鳥については安楽死をせざる得なかったこと、しかし市民の方の励ましがあり今月より開園できることに園長が感謝を述べておられました。その会見中園長は涙を流しながら会見に臨んでみえました。

 

何がキラキラかって。

 

私のいうキラキラは良心=神様が見えたとき のことです。

 

勝手にいってます。

 

今日はたかが動物園といえど、動物に対し飼育員さんたちがどれだけの熱意を持って接してきたか。その思いが愛情という涙として私に伝わった気がします。熱意と真摯さと愛情のキラキラでした。

 

人の心には、必ず神様が一緒にいるそうです。その心に沿ったとき人は感動を見たりするのじゃないかなと私は思っています。

 

これからもたくさんのキラキラに出会いたいし出会えるよう、私自身もそんな生き方の上に生きていけることができるよう、、日々過ごしたいなあと思いました。

 

たとい主があなたがたに、乏しいパンとわずかな水を賜っても、あなたの目はあなたの教師を見続けよう。あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたの耳はうしろから「これが道だ。これに歩め」という言葉を聞く。イザヤ書30:20-21

 

 

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初営業がはじまります

 

 

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〜新しい物も何点か揃え、店ももうすぐ営業します〜

 

 

 

暖かな新年です。

 

 

すでに昨日は初仕事の夜勤でしたが、何事もない穏やかな仕事で終了し今のところ私の周りは平和な空気が続いています(笑)。これが持続することを願うばかりです。

 

年賀状では、何人かの方の「独立」のニュースがありました。

 

あとは自分の姪っ子の進路が決まったり甥っ子が新しい学校でそれなりに楽しくやっていることを聞いたり。。

 

 

あとは洗礼名をいただいたシスターが、喪中の挨拶状を出したのだけど年賀状をくれたこと笑

キリスト教だけに慣習がちがうのでしょうww

 

 

それぞれに新たな一年が踏まれていきます。

 

 

私たちも3年前開業の機会を与えてもらいこうして4年目の営業が迎えられました。

 

 

初詣で自己認識できた [今置かれているところで努力すること] ...これをしっかり受け止めたいです。

 

way.hatenadiary.jp

 

 

と、そんな私ですが、今年からは経理を一部人に頼むことになり自分に新たな時間ができそうです。。

なんでしょうか、3年というと、専修学校でいえば卒業。

 

私の今年はそういう意味で新しい一歩を少し踏み出してもいいのかなーなんて思っていて、気になっている社会参加などにも少しづつ出てみたかったり。って具体的な感じは何一つないのですが笑

 

 

人生というのはたくさんの経験をし、後半になるとおさらい編みたいになるように思っています。

 

あの時はこうなったけど、今回はうーんどうすればいいものか.....という感じ。

 

紆余曲折した人生でも、それもあっての今ですm(_ _)m。

 

開業したのちの繁盛も閉店も、一言で片付けてしまえばただの「学び」です。

 

ただ、そのひとつひとつにどう向き合うかに経験が役立つわけです。私の場合だとここでただでは沈没せん!という操縦が今回は日の目をみたのかなと。。

 

 

なかなかタフなものも必要とされますが、なんとなく最近は自分がわかってきたので

エネルギーを充電しながら明日も昇る太陽をみていきたいものです。

 

 

誰に受けなくてもいい、自分がこれ!と思う道をあるいていきましょう!

 

 

youtu.be

 

 

 

 

 

 

 

 

酉年2017。 運(命)と努力というものについて

 

 

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あけましておめでとうございます。

 

 

今年の正月は年末年始と仕事もお休みを2日いただき、のんびりした正月を迎えることができました。

 

元旦であった今日の午前中は土地の神様の城山八幡宮に挨拶を兼ね初詣をし、あとは決算の続き^^;をやっている感じです。

 

久しぶりに初詣に行き気づいたことでしたが、昨年の自分は八方塞りの年だったようです。

 

しかし神社には”門”がたくさんありますね...その門の両サイドには狛犬が目を光らせています。お正月の慣わしなのでしょうか、正月はさらに”門”が増設されていました。

 

久しぶりに神社に行った自分でしたが、この門を何度も潜り、神様に会いにいく道がなんとなく死んだあと49日を経て閻魔様に会いに行く道のようだと感じてしまいました。(人は閻魔様に行くべき所を決めてもらうのではないらしいですね。自分の一生のビデオみたいなものを先祖や肉親と一緒に見て、(自分の所業を血縁者に見られるなんて有りえなく恥ずかしい極みですが今までのことはどうにもなりません。。><)それでもう、自分の方からここに行ってもう一度修行し直しますと閻魔様に告るそうです。)一つ一つ門をくぐる度、この世で自分のした行ない(業)が思い出され、とても神様になぞ会いに行けない....という感じでしょうか。。今日の私の足はそんな事を思い出した為晴れやかとはとても言い難い初詣でした。

 

神社の門の脇に謙虚さと厳かなる気持ちを〜といったような言葉が彫刻されていることも自らの胸が痛んだ理由かもしれません。

 

そんな酉年の幕開けですが、陰陽五行ではこれからのうん十年は日本にとって世界にとって厳しい年となっていくと示されているようです。

まあ正直、、どんなに頑張っても自然の摂理や世界的な出来事に対し逃れることはできるものではありません。

 

少々前の自分は、”努力で人は必ずなんとかなるものである”ーと、信じておりました。でも反省を忘れる私なので仕方ないのですがここ数年、幾度目かの苦汁を飲んだ立場としてはその努力というのもどちらかというと、魂の活かされ方に対して行われることだと思うようになりました。

 

あんまり変に自分自身に期待をすることはせず、起きていることを静観しするべきことを(努力)することが努力。闇雲に努力というのも、出来事に執念を生みそうなので違うだろうと今は感じます。

 

そんな訳で、私は今ある生活のすべて〜商売、生活の場など〜そういうものに執着しない気持ちを持つように変化しました。

 

必要ならば活かされる。それだけです。

 

ただただ今が健康であり、よく眠れ、明日の仕事に備えられる自分であることに感謝するのみです。

 

自分の課題を見失わない一年となるよう心を引きしめていこうと思います。

今年も一年ありがとうございました

 

 

 

 

2016年もあとわずか。

ブルも、今年の営業は残りあと1日となりました。

(といっても、お客様との取引を何件か残しておりますが^^;)

 

一年一年お客様との関わりを通してさまざまな自問自答をし、たくさんのことを勉強させていただいています。

 

またお客様だけではなく、お店を支えてくださるさまざまな方がわたしたちに助言をくださり今日の当店があります。

 

来年も私達ができることを日々積み重ね精進していきたいと思います。

 

一年ありがとうございました。

 

さー!さー! 

年賀状年賀状‼︎💦💦😝

 

 

 

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今に満足できることの大切さ

 

 

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風邪五日目です。

 

 

風邪も治癒に至るまで病状も刻々と変化していきます。初め上部呼吸器官はなんともなかった私ですが、現在に至ってはモンゴルのホーミーかと思うような声にまで変化を遂げました笑

 

次の出勤はクリスマスイブなのですが...イブっていったら少年聖歌隊みたいなイメージの日、、なのに、そうじゃなさすぎる自分が嫌すぎます。こういう時、自分が何を大切にする人間かがよくわかる気がするのですが、私はかなり演出に重きを置く人間であり、男だったら女に対してどうや!という演出をし予想通り喜ばれたとき最高にテンションが上がる系。。と、妄想の横槍が入りましたがそんな訳で自分のへんなプライドが傷つかないためにもイブの日までにはこのホーミー声だけは直したいです。。🚑

 

今日明日は夫ともメールかへんな暗号でだけ過ごす予定だし、家からもほぼ出れない訳ですがそれでもすでに嬉しいことが一つありました。

 

今はwebで自分の銀行口座も閲覧できる時代ですが今日は給料日!調整手当であろうものがついていつもより少し多いお給料が振り込まれたことがwebで確認できました。

 

ボーナス、お給料と久しぶりに少し大きい額の金額を目にして思ったことを今日は書こうと思います。

 

昔はこの給料を多かれ少なかれどう使うかが楽しかったわけです。

自分を少しでもよく見せる格好、持ち物、そんなものにお金を使うのが楽しかった。

 

この、自分が変化する先の見えない結果にお金やエネルギーを使うことを「冒険」っていうのでしょうか。私もそこに十分すぎるほどお金も体力もつぎ込んできた一人です。

 

でも今まで注目したこともなかったことですが、まずこの冒険に進む前の自分はなぜ冒険したいと思ったかというところに初めてフォーカスをあててみました。

 

まあそうそう知識もない一人の主婦の考察に過ぎませんが、今にあるものが満足できてないことがこの冒険したいと思う動機ではないかという結論に至りました。

 

私の場合、この自分に「足らない何か」という欠如感が常にあったため、いつの自分にも満足ができませんでした。そして冒険に出たい!と思いました。そこに油という動力となるものがあるとすれば、今そのときの自分が常に認められないという自己否定だったのかと思います。

 

冒険はときに怖い思いやいばらの道を進まねばならないこともあります。どうしてこんな苦しい道を自分ばかり歩まねばならないんだろう...と、思ったりすることも沢山ありました。でも、その時その時の自分こそが自分であると認めることができていたらもう少しちがった生き方ができていたのじゃないかなと思ったりもするのです。

 

今年は父が病気で死んだことをきっかけに、その後自分の家族とも距離を置くことで自分自身としっかり向き合うことができた気がします。というか、私が自分と向き合おうとしたのはここにきて初めてであったことがよくわかりました。

 

私が大切にしているものは何か。

私が欲しかったものは何か。

 

私が私と向き合った時間はまだたかが半年ですが、半年でも私の私による自分確認が少しづつ出来、今自分の心がなにより平穏であることに気がつきました。そして夢によって自分が一番恐れているものもわかりました。(夢は潜在意識に自分が封じ込めてきたいろんなものが出てくる=デトックスともいわれてます)

 

私が欲しかったものは絶対的に普遍な安心感でした。

 

そしてこれは多分、自分の心(中)にあるものだとも宗教やえらい知識の人の中では言われます。

 

でも、そこまで人間ができていない私はずっと、今も外にその気持ちを求めているのが現状です。

 

だから、ぜったいに私そのものを否定しない関係を探すし、そこがわかればそれ以上はいらないと思うようになりました。

 

ただ、前と違うのは自分のすべてが欠けてないということです。

 

”お金がない訳ではない。今の生活が嫌で仕方ないとかじゃない。夫に対してもとくに大きな問題はない。自分自身も、まあそんな。”

という、感じです。

 

神々しい人のような高みにはまだまだいけませんが、今の私にあるものはみな平和です。

 

これがすべてなのかなって思えますね。

 

だから今、私は冒険に出なくてもいいわけで。旅の準備は大変ですよー;(汗)もうできれば冒険はいらないくらい(苦)

 

あと一回、冒険することがあるとすると、それは死ぬときなんじゃないかなーと思います。病気になって初めての治療を受けたりしながら死に向かう。それこそは最後誰しもがする冒険。

 

それ以上は私はもう冒険はいりません💦

 

今あるものを大切にしたいってことで..

今いる仲良くしてくれてる方、ありがとうとこれからもよろしくお願いします♡( ´ ▽ ` )

そして私がホーミー声をイブの日までに直したいという自分のプライドをかけていられるほど今の日本が平和であることに感謝ということで締めたいと思います。m(_ _)m

 

 

素敵なクリスマスをお過ごしください。 

 

 

 

 

 

良心のある仕事を。

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       外国の仏のお客さま。一生懸命どうしたいのかを伝えてくれています。

 

 

 

 

 

年の暮れを前に。

今年一年、小さな店ながらも、そして私もお店に行く頻度が少ないながらも夫婦で接客し、ほっぺたがおちそうな笑顔で自転車を引き取りに来られる新オーナー様の笑顔を幾度かみることができ本当にうれしく思います。 

 

自転車ブームが去り、「自転車が欲しいんですけど〜」というお客様のπが数字として明確に減ってきたのが見えた今年。

 

”売るだけの店はかなり厳しくなってきている”と、広告業界、メーカー等の担当の方から直接耳にすることもあり、その現状を受け止めることにもなった一年でした。

 

今年、転勤という理由でなく買ったショップさんから修理を断られたり、車でいう車検のようなオーバーホールというメンテナンスを頼んだが3ヶ月待ちといわれ困っているといったお客様からの修理を承ったことも何度かありました。

 

さらにお知り合いの先輩オーナー様が拠点を移したことで、メンテナンスのお客様を受け継ぐということもありました。

 

といった感じで終わった一年。

 

うちの店の今後の経営を!と意識しなくても、現状がそれを伝えてくれることもある。

 

基本的なこと過ぎるのかもしれませんが、お客様という人(心)と、どう関わるかということかということにポイントがあるように思えました。

 

華はありませんが、いわゆるモノを大切にするーひとつの(良心)さえ失わなければ、ブームといわれるような何の努力もしなくてもお金が入ってくるということは無くてもお客様が来なくなるということはちょっと考えにくい気がするのです。。

 

裸の話でお恥ずかしいですが、うちの店は今年一年の売り上げは昨年とトントンだったのですがお客様の客数は昨年より減りました。しかし売り上げが変わらないということは指標のひとつにしかなりませんが、客単価が上がっているともとれます。

 

うちは修理が全売り上げの6割なので、それだけ修理のニーズがあるというシンプルな理由ですし、うちの夫がママチャリではなくスポーツ自転車の修理にある程度精通しているという強みがあってのことですが。

 

私の価値観にすぎませんが、私は自分自身が適当にあつかわれるのは嫌です。ものも同様安売りで購入しすぐ捨てるというとっかえひっかえサイクルの中で扱われる自分にはなりたくありません。

 

これはモノ、生きモノ一緒で、 自転車というモノも同様です。

 

お客様が持ち込む自転車が何十年もの、それを調べもせぜ古いからどうにもならないーとか、どうにもらなない的な言葉をいうのはひどいなと思ってしまうのです。

 

と、何度もいいますがこれは私の価値観なのですがねw

でも、こういうこという人は滅多斬りしたくなりますwww
(私の本性の漢の武将のおじさんがそうさせます)

 

よって私も夫も、服も鍋なども修理をしてくれるメーカーのモノを購入することがかなり多く、(自転車の衣料メーカー(最高峰の方ですが)も、メンテナンスをしてくれるのでオススメしたくなるというのがひとつの理由です)ここに良心があるかはわかりませんが地球にゴミを増やしたくないということは理由にあがるかもしれません。

 

このなんでもかんでも売り倒し投げ飛ばしとっかえひっかえ産業の究極にアマゾンの社長の究極なやり方があるのかもしれません。倉庫管理もコンピューター、買い取った新聞社もコンピューターに一部記事を書かせているそうです。人間はいらんってことでしょう。

 

 

 日々、私たち人間が小さなことから大きなこと(戦争)まで一人一人がなんらかの失敗したとしても、創造主は神なのですべてゆるしてくれるでしょう。でも失敗の代償は大きく選んだ責任をとるのだということだけは人として意識したいことであると思います。

 

 

人から頂いたもの、人から造られたもの

料理も修理もマッサージも看護行為も医療行為も

全部人の気持ちがこもるものです。

 

 

人間のこころを大切に。